●風の清志郎


昨日、清志郎さん本人のメッセージを見たときは、動揺はしたけれど「ボスがこう言ってるんだから」と抑える気持ちが働いた。
けれど夜になって、CHABOさんのこの言葉を読んだときは、さすがに気がうるんでしまった。


http://www.up-down.com/020chabo/02510to-chabo/chabosanne.html


  *  *  *


今日、昼間の番組の最後に、RCの「わかってもらえるさ」をかけた。


1976年。
3年ぶりとなるシングル「スローバラード」とアルバム『シングル・マン』を出したRCだったが、これらは発表直後に即廃盤。ライブは酷な前座ばかり。
調子を崩したメンバーを抱え、バンドはバラバラ。
絶望の底のような状態にあって、この年の秋、もう一度世に問うたシングルがこの曲だった。
だが呪詛の歌ではない。

気の合う友達ってたくさんいるのさ
今は気付かないだけ


「『わかってもらえるさ』は、けど、まったくわかってもらえなかったわ」と、
その後、何度も冗談にされる曲ではあるが、どこか向日性の匂いがする。

街で すれちがっただけで
わかるようになるよ


某歌手のライブの前座に出ては「どうも矢沢B吉でーす」
「Aちゃん、いま楽屋でクソしてますんでボクらが代わりにやります」と言って罵詈雑言、怒号怒声を浴びる。
そんななかにあっても、首をすくめてどこ吹く風とやり過ごす、飄々としたタフネスとシャイネスと、さして根拠のない希望的観測を感じる。
忌野清志郎ディスコグラフィーでは、あの美しくも重苦しい『シングル・マン』の次にーーさらに状況は悪化するばかりなのにーーこの曲が位置しているのだ。

いつか君にも会えるね
うれしい報せをもっていってあげたいんだ


このシングルを最後に、ふたたび漆黒の闇の中に埋もれていくRCサクセション
次にレコードを発表するのは、実に2年と9ヶ月、あとのこと。
十代でデビューした清志郎だったが、つづく二十代では、3年に及ぶブランクを二度も経験することになる。
22歳から28歳のあいだに出せたのは、わずかにシングル2枚とアルバム1枚だけなのである。
普通に考えれば、カムバックすることはきわめて難しい状況だったと思う。


けれどRCは還ってきた。
それもロックの現場の最前線、ど真ん中に、つむじ風みたいにぶっちぎりで。


私が“忌野清志郎”というひとを知ったのは、そのつむじ風状態のときのことである。
俺が12歳、キヨシローは29歳になるあたり。
あのひとがそれまで生きてくるなかでどんな人生を歩んできたのかを知ったのは、当然、もっとあとのことだ。
だから思う。
これから忌野清志郎を知る連中が、きっといくらもいるのだ。
周りの空気を真空状態にして、きりもみしながら、そう、風の又三郎みたいにして、また戻ってくる清志郎のことを初めて知る奴がもっといくらだっているのだ。


俺はそういう奴に自慢してやるのだ。


でもちょっと誉めてやるのだ。
あんたは見る目がある。お前はなかなか筋がいいぜ。そんな風に。


きっとそいつはびっくりするだろう。
自分が気に入ったバンドマンのおじさんが、どんなにすごいやつかを知って。


それで俺はまた自慢するのだ。
そうだろう、すごいだろう、すごいだろうと言って。
まるで自分のことみたく勘違いした奴になって。


   *  *  *


完全復活祭の、キヨシローとチャボのふたりが写っているTシャツを着ていたら、5歳になる息子が訊いてきた。


「これはだれなん?」
 こっちがキヨシローさん。こっちがチャボさん。
「ふうん。ギターもってる」
 そうやね、ギター持ってるね。
「にゅういんしたのはだれ?」
 このひと。
「びょうき?」
 うん、病気かもしれん。でもすぐ治るって。
「そっか」
 うん。
「じゃあ……ひとりでやってるの?」
 ひとり? ひとりでってなにを?
「このひと」と、奴はチャボさんを指さした。
「こっちのひとがびょういんやったら、こっちのひとはひとりでギターひいてるの?」


 そんな風に考えたことは、恥ずかしながら俺にはなかった。そうだよな、相棒が休んでいたらひとりになっちゃうよなあ。5歳というのは、「ひとりになる」ということに多少敏感になる頃合いなのかもしれない。


 大丈夫やねん。このひとはひとりじゃないし、ひとりでもギターは弾けるねん。それで、またこっちのひとが帰ってきたら一緒にやらはんねん。
「なんだ。そっかそっか」
 そうやねん。大丈夫やねん。


 一応納得した風で彼は眠った。
 私は、録画していたツール・ド・フランスの第10ステージを観ながら、これを書いている。
 気温は下がったが、今夜も寝苦しさに変わりはない。
 ブルースは減らず、瓶のなかの焼酎の嵩だけが減っていく。
 外が明るくなってきた。鳥の鳴き声が聞こえてくる。もうじきアブラゼミも鳴き出すだろう。
 また夏の一日が始まる。



EPLP シングル・マン THE RC SUCCESSION BEST ALBUM WONDERFUL DAYS 1970-80