●影と交わす言葉


浜田省吾フェスティバルホール
《ON THE ROAD 2006-2007 My First Love is Rock'n'Roll》
普段より少し早い。夕方6時半のスタート。
もちろんそれだけ長い時間に及ぶステージだからなんだろうなということは予想がつく。
果たして内容は……なのだが、送り手が工夫を凝らした演出を明かしてしまうような真似はあまりしたくない。
ここでは、数多ある感慨のなかからひとつだけを。


アコースティックで懐かしい曲を、と演奏されたうちの1曲に気持ちが持っていかれた。
バブルの頃にリリースされたアルバムに入っていた曲である。
ヒット作がつづいたあとだったせいか、コアなファン以外にはいまひとつ印象が薄いのかもしれない。
だが、どこか淡く沈んだ色調のこのアルバムを私は好きだった。
浜田氏自身、インタビューで何度か「この頃はすこし鬱状態だった」と話していたように思う。


高速道路の上にいる車のなかの男が、傍らの席に語りかけている。
「海が見えたら 起こしてあげるから」
やさしい科白である。
「もう少し眠りなよ ラジオを消して」


描写は男の一人称で進み、やがてカメラがパンするみたいに、隣の様子が映り込む。
しかし言葉をかけていたサイドシートには誰もいないのだ。それがわかる。
瞬間、男の孤独がかげろうのように立ちこめる。
まるで標本にされた虫みたいに、首都高速の上にぽつんとピンで留められた男。


世の中の狂躁をよそに、自分の内面が切り崩されていくような感覚を味わった人間は、あの時代に決して少なくなかったはずだ。
光があればかならず影がある。その苛烈な対比を描くのは表現の世界では必須のことかもしれない。
彼の重要なモチーフのひとつでもあるし、最新のレパートリーにもそういうタイトルを持つ曲はある。


だが、その影と対話しているのがこの曲である。
その影との会話を、こうも秀逸に歌にしていたとは。
当時の作者の年齢を越えて、ようやくそのことに気づいた。


ソロデビュー30周年をまたぐツアーだけに、デビュー当時、70年代のことに話が及ぶことが多かった。
そんな合間に、バブル景気崩壊前夜の心象風景を描いたこういう曲もさりげなく挟むあたり、さすがというほかない。


優れたライブパフォーマンスというのは、時間を行き来させる力のことではないかと思う。
観客はその場に釘付けにされてステージを見上げる、または見下ろすだけだ。
けれど、身体はそこにあっても感情や想念は遠くへ跳躍できる。
遠い場所へも、遠い昔へも。
通り過ぎてきた身近な場所へも、いつか辿り着くであろう先の世界にも。








[rakuten:ajewelry:10000687:image]  誰がために鐘は鳴る