●ひと月早いイースターと夜更けのシャドウボクシング


忌野清志郎“完全復活祭”追加公演》@大阪フェスティバルホール


ゆっくりと歩いていこうかとも思ったのだけれど、大阪も寒さと風が強かった。
ならば、ということで自転車で向かった。
10分程度の道行き。
それでも、やや軽装だったせいで、顔は洟と涙まじりでひどいことになった。花粉の影響もあるかもしれない。


フェスティバルホールの裏手の、土佐堀川沿いに自転車を停める。
チェーンでガードレールにくくりつけていると背後から話しかけてくる人があった。
20代後半とおぼしき女性である。
「あの、お訊きしたいんですが」
 はい。
フェスティバルホールはどこでしょう?」
 ああ、このすぐ表っかわですけど……ええと、遠くから来られたんですか?
「いえ、住之江で……」
 住之江。大阪やん。
「あの、この、地図だと……川のこっちにまわるみたいで」
 プリントアウトしたネットの地図を持っている。たしかに似たような川が2本並行して流れている中之島界隈は、よく知らないと迷うかもしれない。同じ大阪から来たにせよ、そういうこともあるかもしれない。
 私も行くので一緒に、と促して歩き出した。
「そうなんですか、清志郎……」
 ええ、たのしみですね。
「私、清志郎(のライブ)を、よく考えたら見たことがなくって。で、今回やっと」
 よくチケットが取れたものだと思うが、今日のライブはそういう人も多いんだろうな。百歩も歩けばホールに上がる入り口に着く。
「よく観られてるんですか?」
 ええ、まあ。そういえば昔、住之江の競艇場にも行きましたね。
「え、あの、競艇場?」
 はい。チャック・ベリーとか、サム・ムーアとかと一緒にやったんですよね。
「いっぱい出るやつですか?」
 いやぁ、RCの主催で、その3組だけでしたけど。
 ひょっとしたら、夏フェスみたいなものを想像しているのかもしれない。
 競艇場のプールの上にね、でっかいフロートを浮かべてステージにして、モーターボートで現れたんだ。かっこよかったなあ。
 そんなこんなを、どう説明したものか考えているうちに階段を上りきってしまった。
 ホールの玄関は大量のひとでごった返している。関係者受付は、もっと先のほうだ。
 じゃあここで。
 どうも、といって、その子は人混みに呑まれていった。


武道館での一報を聞いているせいか、場内の緊張感は先々週ほどではないと思う。
適度にゆったりとした構え。大阪という鷹揚な土地柄も関係しているのだろうか。

しかし、大阪で清志郎がライブやるのは、けっこうひさしぶりのことだ。
それも普通のホールというのは(Hatchとか、逆にでっかく城ホールとかでないというのは)かなりひさしぶりだと思う。
武道館とちがって、真正面の良席に座らせてもらった。
それがかえって若干の居心地の悪さにつながっている。
やっぱこれは自分のカネで観るライブだった。でももう遅い。
開演時間から少々押しで、暗転。
ステージ奥のスクリーンに映像が映し出され、ショウが始まったーー。


やっぱり、新井田さんの紹介のところでは、しばらく拍手が鳴りやまなかった。
「コーちゃん、昔より人気あるんじゃないの」と清志郎がいうと、照れたような顔をしていた。
そして、チャボが登場する場面は何度観ても劇的。


RCというと、フェスティバルホールより、四つ橋の厚生年金会館で観た記憶のほうが濃いのだけれど、さすがフェス。音もしっかりと、くっきりとしている。


演奏したのは武道館より数曲少なかった。
おかげで流れには、よりメリハリがついたかもしれない。
それでも本編ラストまでで優に2時間。申し分ない。
清志郎の声も、1曲目こそ少々ちぐはぐな感じがあったが、それ以降、ぐぐっと出るようになっていた。
ぼんやりした祝賀ムード、それを歌と演奏でぐいぐいとリアルなものにしていく。
ロックバンドってこういうものさ。


がんばりまっせ、幕張めっせ。


  *  *  *


それはそれとして、また宿題をひとつ背負った気分。
ボスの無事を確認できたら、別のことが気になってきた。
「僕は、ビルのてっぺんにのぼったら、かならず飛び降りることを考えずにはいられない。そういう性分なんだ」
これは、ジェームズ・クネンの『いちご白書』の一節。


なにかというと、本編最後のMC。
これが武道館とはまったく違ってた。

「今夜、ここには平和な空気が満ちている。
けれど、まことしやかに言われてるのは、『日本人の2人に1人がガンに罹る』ってこと。
そして『3人に1人がガンで死ぬ』ってこと。
だが、一方ではこんなこともまことしやかに言われている。
『ガン患者の80%は、治療で死んでる』ってこと。
(略 ここは記憶が曖昧)
『30人に2人は、ガンになっても死なない』んだ」

この言葉は、この2年間、清志郎が何をしていたかを考えれば全然突飛な発言ではない。
こう話すことで、清志郎が伝えたいこと、それを曲解しちゃいけないと思う。


「大事なのは、夢を信じるってことだ。医者の言うことなんて適当に聞いとけばいいんだ。自分を信じた方がいいぜ」


そう、そうなのだ。
そう思う。


ただ、この3年のあいだに近しい人間3人に去られた身としては、個人的に粛然とせざると得ない。


誤解のないように言っておきたいのだけれど、清志郎の意図するところは、死のほうではなく、生のほうにあると思う。
だから、これらの言葉から死んでいった者のことをまず思い浮かべてしまうのは、100パーセント、私の個人的な受け取り方に起因する問題だ。
ただ、個人的な問いとして、自分に向かってアンプで増幅したみたいにこの問いを投げてしまうのを止められないのだ。


医者の言うことを真に受けた人間は、ただただ愚かだったというほかないのか。
帰ってきた人間と逝ってしまった人間を分けるものはなんなのか。
そんな分水嶺はないのだ、と思っていいのか。
両者を分けるものは、たまたまなのか。


因果応報の話とかじゃない。
清志郎はそんなこと信じてない。
まったくそんな話じゃあない。
そんな短絡的な形じゃない答えを、探さなきゃならない。


何のために?
何のために。
善きインディアンが死んだインディアンばかりだったとしても生き残らなければならなかったから?
と、これは村上春樹の言葉。


別のバンドマンの言葉を借りるなら、こうか。
「かなえられなかった夢は偽りなのか もっと悪いものなのか」

Is a dream a lie if it don't come true
Or is it something worse
                         --"The River" Bruce Springsteen


  *  *  *




ちょっと前の↑THE HIGH-LOWS↓の歌に、
「子供の頃から憧れてたものになれなかったんなら、大人のフリすんな」
という一節があって、俺はずいぶん考えた。
憧れてたものになれなかった者はどうすればいいのか。


「子供の頃から憧れてたものになれなかったならーー」
10年近く考えつづけて、とりあえずの答えを出した。
「そういう奴は、大人にならなきゃいけないんだ。フリじゃなく一応、ちゃんとした大人に」
そう考えることにしてようやく少し気が収まった。
つい、このあいだのことだけど。


それでいいと思う。
急いで答えの出る話じゃない。急いで答えを出す話じゃない。


思えば中学1年の冬から数えて28年、清志郎の言葉から考えることがまだまだある。
彼の言葉が、井戸の底、何十メートルかのところまで深く潜ることを教えてくれた。
身の丈にふさわしい程度のところで引き返すことを、ちょっと我慢して奥へ。
赤血球のすべてから酸素を絞り出して、もうちょっと奥まで。
そうやって、思考する肺活量が少しでも増えているなら俺はそれを喜びだと受け取る。
そのせいで、見ないで済むはずのものを見たとしても。
望んでそこまで、底まで行ったのだから。


ここ数年ーーそれこそ、がん告知を公表する前からーー清志郎が「夢」と口にするのが気になってた。
けれど、今夜、アンコールの最後にひとりで歌ってくれた曲を聴きながら、なんとなく思った。
清志郎が思ったり願ったりしてきたものを言い表すのに、他に上手い言い方が見つからないんじゃないかな。


清志郎は「夢」って言葉を、限定的に使っているわけじゃない。
受け取るひとによっていろいろな感慨に成り得る、でもなにかしらポジティブな何か。
それを称していうならば、いまのところ「夢」と呼ぶよりほかにない。
そんな感じ。
だから甘くないんだな。
呼び方は何であれ、肯定的な気分を忘れるなってことか。
とにかく俺は、そう理解することにした。


ステージの生の清志郎を初めて見ると言っていた、住之江から来たあのコはなにを受け取ったかな。




  *  *  *



こんなにメリハリのない感慨を書き連ねることはあまりない(ように心がけている)のですが、今夜はどうにもこんな風にしか書けなかったようです(他人事かい)。


これよりもいくらか整えられた、人様に供するに、まだいくらかはふさわしい、そんな拙文と、これはもうどこに出しても恥ずかしくない、素晴らしい写真の数々を収めた本「忌野地図」が2/29に発売になります。


よかったらお手元に。行楽のお供に。パパのビールのおつまみに。


http://www.luckyraccoon.com/


http://www.neowing.co.jp/FM802/detailview.html?KEY=NEO802-73
http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfCardMainB.jsp?GOODS_NO=1778956&GOODS_SORT_CD=107
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2692466




「忌野地図」 写真:岡田貴之  文:大内幹男