●枯木と花と


映画『花はどこへいった』@十三・第七藝術劇場


ベトナム戦争に従軍し、のちに故国を捨て、フォト・ジャーナリストとして生きたアメリカ人、グレッグ・デイビス(Greg Davis)。
その妻である日本人女性、坂田雅子が、59歳にして初めて作り上げたドキュメント映画である。


2003年にグレッグが亡くなったことを契機として、その生と死の背景にある「枯葉剤(Agent Orange)」についての映画を作ろうと彼女は決意する。
それからアメリカのワークショップで映画制作について学んだ彼女は、2004年から06年にかけて、アメリカやベトナムに飛び、枯葉剤の被害者とその家族、ベトナム帰還兵、科学者らにインタビュー取材を敢行する。
その取材の成果を元に作られたのが、この映画『花はどこへいった』だ。


春頃だったか、職場の先輩がNHKの「ラジオ深夜便」で聞いたといって、彼女の話を教えてくれたのだった。
「還暦を目前にして映画を初監督したという女性が話してた」と。
それが心に残っていたので、大阪でも上映が始まったと聞いたときには観に行こうと思っていた。
忙しさにかまけて、観に行くことができたのはようやく昨日(8/8)のこと。
朝10時からの上映を観ることができた。


淡々とした筆致のドキュメンタリーである。
大声でなにかを告発するというような構えはない。
それがいい。
たとえ映画作りのキャリアは皆無でも「これを伝えたい」という出発点が明瞭で、とても力強い表現になっている。


まず、1948年生まれのベビーブーマー(日本でいうところの団塊の世代)であるグレッグの姿を19歳から通して見せられる、それだけで何かしら感じ入るものがある。
無邪気な、まだ少年時代の延長のような肖像から、ベトナムでの苛烈な経験を経て、批評精神を秘めた大人へと成長していくさまを見ることができる。
それは同時に、彼の心の裡に、ある闇が忍び込んでいくのを見ることでもある。


除隊後、グレッグは懐疑的な若者となり、日本へ来て京都に滞在し、学生だった坂田と出会い、写真家としての人生を歩んでいく。
その過程ーーたとえば、あの空虚な80年代ーーを通しても彼は、同世代の日本人たちの多くのように魂をカラにすることなく、信じるところを一線に進んでいったのだなということがひしひしと伝わってくる。


そして後半では、枯葉剤の被害にあったベトナムの市民たちへのインタビューが続くわけだが、その表情がすごい。
あたたかい表情か、つめたい表情か。
それを私が言うのは、本作への評価を情緒に流してしまう気がするので控えたいが、ひとことでいうなら圧巻である。
彼らの表情が、しばらく脳裏に焼きついて離れない。
これほど明るく、理知的で、気高いひとびとの顔を見たのは、いつ以来だろう。
そしてその意志の在りようを、このような悲劇を通してしか認識しなかった自分を思うと暗澹とした気持ちにも襲われる。


戦争というものが、いかに国の都合に左右されるものでしかないか、そのことを痛切に感じる映画でもある。
グレッグ・デイビスのような知性を失うことがいかに大きな損失なのか、きっとあとになるほどわかるようになるものなのだろう。
なぜなら私たちは愚かなので。
花を失ってから、その存在に気付くような愚者なので。


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