●ボーカリストを撃つな


若いバンドのライブをつづけて観る機会があった。
といっても、もうメジャーデビューもし、相当な(数百から千、二千人単位の)集客のできるバンドである。


いずれもSOLD OUT。
満員の場内は、ほぼ8割9割が女の子たち。
総じて“カジュアルなロック”という印象を受けた。
“カジエモ”っつうか、“カジコア”っつうか、そういう呼称を提案したい、と思ったほど。

特徴をいくつか挙げる。


まず、曲のあとの拍手は薄い。
だが、冷たい態度というのでもない。
「拍手の音量が、イコール「受け手としての熱意」をあらわすってわけじゃないよね(手痛いし)」
という感じは漂っているが、
必ずしもそれが、イコール「盛り上がっていない」ことを示すわけじゃないよね(手痛いし)
ということも漂わせている。
ムツカシイ世の中になったものだという気がしないでもない。
(だが実際のところ、アンコールの拍手などがものすごく規則正しく盛大に鳴っているライブは、だいたい客の大半が中年である)


私はどれも1階スタンディングフロアの後方で観ていたのだが、
曲と曲のあいだの「間」でも、ひそひそと喋っている声が止まない。
それも自分勝手な私語というのではない。
「あー、かっこいい」とか「○○くん(ギタリスト)、機嫌良さそ」とか「リエのゆってたあの曲、1発目やったやん」とか、ま、そうゆう他愛ない感想をのべつまくなしに口にしているだけという感じ。別に罪はない。
だからまあ、それほど気にはならない。


もともとロックには、語弊はあるが「女の子がキャーキャー言ってなんぼ」みたいなところもあるもんなあ。
てなことを思う。
そういう観客の所作のあれこれが、「カジュアルやなあ」と思わせた所以。


だが演奏自体にもカジュアルなところは見受けられる。
メンバー個々の演奏は、比較的達者なのだが、アンサンブルがいまひとつしっくり来ていない気がする。
おおむね、どのパートも弾きすぎ、叩きすぎ。
お互いの音を聴きながら演奏してる? という疑念が消えない。


で、思ったのだけれど、それもこれも、「ボーカルが薄い」ということに一因があるのではないか、という気がした。




というところから考えたボーカリスト論の覚え書き。


昨今、ボーカルについて少々懸念を表すると、「あえて聴こえづらくしてるんだ」、あるいは「意味がわかんなくったって、音が格好よければいいでしょ。洋楽と同じじゃん」という確信犯的な説明を受けたりする。
受け手のほうも、「歌が聴き取れなくったってかまわない。そういうんじゃない」「歌はCDで聴けばいいから、ライブはノリ重視」なんて、まことに消費者としてクレバーな意見だったりする。


私は旧式のロック聴きなので、そういった風潮にあまり同意できない。
だったら「歌わずにインストでやれば?」とか「歌詞ナシでいいんだから、全部即興のスクリーミングでやれば?」とか、つい突き詰める方向に行ってしまう。
でもまあそういうものでもないんだろうな。ヤヤコシイ世の中である。


思うに、この15年ほどのあいだ、ロックバンドのなかでボーカリストというものの影はどんどん薄くなっていった。
ボーカリスト然としたボーカルがバンドにいたのは、たぶん80年代後半のバンドブームとその少しあとくらいまでのことだ。
ザ・ブルーハーツ、LÄ-PPISCH、JUN SKY WALKER(S)FLYING KIDSエレファントカシマシウルフルズTHE YELLOW MONKEY...。


フリーハンドで歌う以外のボーカリストでも、ユニコーンTHE BOOMオリジナル・ラヴTheピーズBLANKEY JET CITYthe pillowsthee michelle gun elephantJUDY AND MARY...。


“ボーカリスト”がいたのは、たぶんそのあたりまで。


そのあと、ポストロック通過以降のロック史は−−サニーデイ・サービスFISHMANSあたりを分水嶺にして−−ボーカルの地位が相対的に低下していく歴史と軌を一にしている。
くるり、SUPER CAR、NUMBER GIRLといった97-98年デビュー組も、どれも“専任ボーカリスト”は不在のバンドである。


この時期、椎名林檎というボーカリストが登場するが、彼女は−−音楽性についてはクラシック、ポップ、ジャズの素養を豊富に持ちつつも−−様態としてのロックボーカリストの持ついかがわしさ、禍々しさ、麗々しさを最大限に使った最後の人間である。
その手の“いかがわしさ”“はったり”“虚勢”というのは、ストーンズピストルズ以来のロックの美質である。
だが、椎名林檎の手際が、あまりに見事だったせいかもしれない。
この“ロック九ノ一”に留めを刺されるかのように、以後、ロックバンドは−−良くも悪くも−−虚勢を張るのをやめた。


ヴィジュアル系という、“虚勢”に特化した様態が出現していたことも大きい。
それとブラック・ミュージックの浸透がある。
ボーカル志向の人間はみんな、HIP-HOPやR&Bの方面に行ってしまったのかもしれない。


かくして、ロックバンドからボーカリストがいなくなった。


……と、一足飛びに分析してみたけれど、でもバンドから歌声が消えたわけじゃない。
そのへんに、いまのロックバンドをめぐる諸問題のなにかがあるのかな、なんてことを考えた。


ま、小指立ててマイク持って、盛りのついた犬猫みたいに「ンオウオ」ゆってりゃいいと思ってるようなロックシンガー気取りがいなくなったのは大歓迎なんだけど(って、あ、まだいるか、そんなのもいっぱい)。