●IVANOV and the other cruel Drama
ツール・ド・フランス2009、アルプスの山岳エリアに入る前、最後の平坦コース。
おとついはデンマーク人、昨日はドイツ人、そして今日はロシア人がステージ優勝を手にした。
セルゲイ・イワノフ(カチューシャ)。
序盤14キロの地点からエスケープに乗じて、タイミングを計って計って、ラスト11キロでするりと抜けだしてゆく。
先頭集団から辛くも逃げ切り、ゴール。
追いすがるロッシュ(Ag2R)との差は16秒だった。
ゴールは決まったが、そのあとに繰り広げられたドラマもすごかった。
ロッシュと同じく16秒差の先頭集団でゴールしたジョージ・ヒンカピー(コロンビア)。
その時点で、マイヨジョーヌのノチェンティーニを含むメイン集団は6分近く後方。
前日を終えたところで28位だったヒンカピーのトップとの差は5分25秒。
このままのペースだと、マイヨジョーヌがヒンカピーの手に移る可能性も大いにある。
アスタナは前身チーム(ディスカバリーチャンネル)時代に同僚だったヒンカピーを助けるために後退。
Ag2Rはノチェンティーニのトップを守るために猛追。
チーム力に勝るガーミン・ストリップもライバルであるコロンビアの敵は友ということか、Ag2Rに加勢。
肝腎のコロンビアもせり上がってくる。
ヒンカピーのつけたタイム差を縮ませないために集団のペースを落とすのかと思いきや、ぐいぐいとペースアップ。
彼らの狙いはヒンカピーを助けることにはなく、カヴェンディッシュのマイヨベールを守ることにあった。
ゴールポイントが25位まで加算されるとあって、少しでもカヴの順位を押し上げることで、ポイントを稼ごうという戦略なのだ、と。
(この辺は、全部あとからレースレポートを読んで書いてるんだけども。
生中継ではこんな深いところの事情まで私には分かりませーん)
それにしても、なんとシビアな判断か!
結局、このコロンビアの非情なるペースアップのおかげでメイン集団は、5分36秒遅れでゴールイン。
つまり、ヒンカピーとは5分20秒差。
惜しくも5秒差でヒンカピーはマイヨジョーヌを手にすることはできなかった。
失意のヒンカピーと引き替えに、カヴェンディッシュは13位でゴール。
ヒュースホフトを14位に押さえてマイヨベールの座をさらに強化した。
……かに見えたが、勝負はわからないもの。
終了後の審査で、ヒュースホフトの進路を妨害したとしてカヴェンディッシュにペナルティが科せられることに。
ヒュースホフトとの差は、逆に18ポイント開いてしまった。
一兎を追って二兎とも失う。
苛烈なり、ツール。
* * *
そんな厳しい一面を見せたツール・ド・フランスだが、この日は別にとても心和む場面も。
スタートから80キロを超えた地点で、ひとりクリストフ・モローがアタックし、先頭集団から抜け出す場面あり。
アタックの理由は、その先に家族が待っていたから。
沿道に立ち声援を送っていた奥さんと、その腕に抱かれる娘さん。
その前で自転車を停め、抱擁を交わすモロー。
そのうちに追いついてきた集団が、音を立てて背後を通り過ぎていく。
奥さんから手作りの補給食をもらい、レースに戻っていく男。
見送る妻と娘。
“フランスの良心”的存在の38歳のベテランサイクリストの微笑ましい姿は、勝負のなかにあっても忘れちゃならん何かがあることを気づかせてくれた。
3歳くらいの娘さんの可愛さと、えらい別嬪の奥さん、そして長身のハンサム男という、まあ、絵になる家族だぜってとこも大きいけど。
何気ないながら、今ツール屈指の名場面だった。