●ムラカミシーズンの到来


村上春樹のエッセイ(本人の言によれば「メモワール=個人史」)『走ることについて語るときに僕の語ること』が出ていた。
さらに内田樹の評論『村上春樹にご用心』も。
ノーベル賞発表のシーズンに合わせて刊行時期が決められているのだろうか。
とはいえ、この季節ーー晩夏から晩秋にかけてーーというのは、村上春樹の作品を読むのに最良の時期ではないかと個人的に思う。


というのも、『羊をめぐる冒険』を読んでいたのが、ちょうど25年前のこの時期だから。
(25年て、サラリと打ってみたけど、けっこうおそろしい年月だ。四半世紀だもの)


私が村上春樹の存在を初めて知ったのは、『風の歌を聴け』が映画化されるタイミング、1981年のことだった。
村上作品の紹介には、いまは亡き「プレイガイドジャーナル」誌ーー70年代の京阪神文化を語るうえで欠かせない存在ーーがとても入れ込んでいて、映画化に際しても詳細な撮影現場ルポを載せていたりしたのである。
監督した大森一樹のことも、「プガジャ」はずっとサポートしていたし。


そのときに、まず『風ーー』を読んだのだが、中学三年生ではさすがによく分からなかった。
言い回しがカッコいい/気取ってるというウラオモテな印象と、ラジオが出てくるのが嬉しかったというのは覚えている。
私の読書世界は、たぶんまた星新一とか小松左京という方向に戻っていったのかもしれない。
そのあたりのことは記憶にないが、そこからしばしブランクが空き、ふたたび村上作品に触れたのが、翌年、高校に上がった年のこと。
その年の秋、1982年の10月に単行本として刊行されたのが『羊をめぐる冒険』だった。
これはよく覚えている。
文化祭やら何やらの準備をしている最中も、ずっと、この単行本を持ち歩いていたからだ。
同じ美術部だった同級の女子生徒から「なんやムツカシそうなん読んでんなぁ」と言われた記憶がある。
ともかく、これにはやられた。
こんなに面白いもの/小説/世界があるのかと夢中になって読んだ。
その年の秋は、ずっと頭のなかは羊・羊・羊・羊・羊だった。


1982年というのは私にとって、夏は住之江競艇場で見たRCのイベント『The Day of R&B』、秋は『羊をめぐる冒険』という一年だった。
実にいい年である。


そんなわけで、出版をリアルタイムで待ち望み、本屋に並ぶやいなや手に入れて、あとは貪るように読み耽るという、その後の村上春樹の小説すべてに共通する読み方をした最初の作品がこれだから、まあ、思い入れは深い。


で、その後、そういえば『風ーー』と『羊ーー』のあいだにもう1冊出てたんだよな、ということで、あとから『1973年のピンボール』を読むことになる。
つまり鼠三部作を、私は1-3-2の順で読んだのだ。
外伝のようにして、在りし日の鼠の姿を『ーーピンボール』で追憶するような感じ。
これがまたよかった。
この作品に立ち篭めている暗さも重さも、いわゆるムツカシイ年頃に入っていく10代後半の自分にフィットした。
双子も配電盤も、スペースシップも、確かな実体であるかのようにしっくりきた。
ご多分に洩れず、場末のゲームセンターを歩き回ってピンボールに入れ上げたりもした。
なので『ーーピンボール』も、これまた思い入れは深い。


それから3年後、大学に入った年、1985年の初夏に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が出るわけだが、ただその頃には村上春樹は、大学生ならだいたい読んでいるという存在に、すでになっていたと思う。



ともかく、村上春樹関連の本を横目にみながら、仕事をする。
15の年の秋のようなわけにはいかないが、ヒマを見つけては読み耽ることになるのだろう。






走ることについて語るときに僕の語ること  村上春樹にご用心  羊をめぐる冒険  [rakuten:guruguru2:10031017:image]