●ヘヴンズドアをノックせよ(主が不在でも)


映画『I'M NOT THERE』の試写を観た。


ロックン・ロール史上における最高の詩的表現者
奇妙なしゃがれ声の持ち主。
世の中の矛盾に異議を申し立てることを恐れないプロテストシンガー。
とんでもない嘘つきの少年。
鋭すぎる言葉でひとを怒らせてばかりいる喋り手。
だらしのない女好き。
水玉のシャツがこの上なく似合う巻き毛の男。
伝承音楽をまったく伝統的でないやり方で継承する音楽家


Bob Dylan”という稀なトリックスターを基に描いた136分の仮説。または映像詩。またはビデオクリップ。
6人の人物が、それぞれの時代の“Dylan”を演じることで、伝記映画にありがちな“偉いひとは偉かった”的な自己循環から自由になっている。

“本物のディラン”や“真実のディラン”を探すために書かれた伝記は、どれも失敗しているように思えたからね。ディランの真実を描くには“フィクション”を通して描かなくてはならない、と思っていたんだ。
                         --Todd Haynes, Director


慧眼である。
おかげで、聖から俗まで、幅広く深い表現の塹壕を渡り歩くDylanの姿が見事に映し出されている。


ロック界広しといえども、他にはジョン・レノンが思い浮かぶのみで、こういうひとはそういない。
ジム・モリソンは近いかもしれないけれど、なにか違う。
考えてみれば、あまりに若くして夭折したロックスターでは駄目なのだ。
それなりに無様だったりした時期も経て、少なくとも中年までは辿り着かないと。
いかにポール・マッカートニーが奮起しようと、オアシスの何とか兄弟の片割れが暴れようと、まあ格が違う。


作中、印象に残る場面はいくつもあった。
どのシーンも楽曲と密接に結びついているので、曲で挙げてみる。


嬉しい顔ぶれが見られる「トゥームストーン・ブルース」。
この曲が当時持っていたであろう力について思いが及ぶ(ように見せてくれる)「ハッティ・キャロルの寂しい死」。
このときのDylan(ケイト・ブランシェット演じる“ジュード・クネン”)が置かれていた状況と歌詞が絶妙のマッチングをみせる「ポジティヴリー・4th・ストリート」など。


とりわけ、My Morning Jacketのジム・ジェームスがキャレキシコと歌う「アカプルコへ行こう」が流れてくるところは落涙もの。




個人的にもいいタイミングで観たと思う。

To get you facts
When someone attacks your imagination
But nobody has any respect


あんたは事実を知ることができる。
誰かがあんたの想像力を攻撃してきたときには。
でも誰も、敬意を払ったりはしないよ。


Because something is happening here
But you don't know what it is
Do you, Mister Jones?


なにかが起こりつつある
それがなんだかわからないのさ
ミスタ・ジョーンズ。


                         --“Ballad of A Thin Man”
                         http://bobdylan.com/songs/thinman.html


I'm Not There






予告篇はこちらで。
http://www.youtube.com/watch?v=CZGseissqX8&feature=related

INSPIRED BY
TRUE / FALSE / AUTHENTIC / EXAGGERATED / REAL / IMAGINED
STORIES


OF THE GEREATEST
ARTIST / AGITATIOR / POET / FIGHTER / GENIUS / RADICAL
OF OUR TIME


CHRISTIAN BALE
HEATH LEDGER
RICHARD GERE
CATE BLANCHETT
BEN WHISHAW
MARCUS CARL FRANKLIN


ARE ALL
BOB DYLAN


HE IS EVERYONE
HE IS NO ONE


I'M NOT THERE




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我らの時代のもっとも偉大な
アーティスト、扇動家、詩人、戦う男、天才、過激派

真実で、誤った、真正の、誇張された、真の、想像上の
ストーリーに刺戟されて……。


6人の役者は、これすべてボブ・ディランを演じる。
彼はみんなであるし、誰でもない。


私は、そこに、いない。


なんとカッコのよいことか。
このクールネスだけにシビれて観てみても、充分に価値のある映画だと思う。