●王の言葉とラジオ
『英国王のスピーチ』の試写を観てきた。
第83回アカデミー賞に12部門でノミネートされ、ここにきてさらに注目度が増している作品である。
王家に生まれたからといって何一つ特別な資質に恵まれず、むしろずっと劣等感に苛まれてきた男。
見た目にもいかにも気弱そうな、こう言ってはなんだけど、とても国王に向いているとは思えない男。
その彼が、文字通り泣きながら運命を引き受け、風変わりな友人と気丈な妻の助けを得て挑む大一番……。
いやぁ、面白かった。
ちょっと、藤山寛美の松竹新喜劇を思い起こしたりして……。
コリン・ファースとジェフリー・ラッシュという演技派ふたりの力演、プラス、焦点を絞り込んだ巧みな脚本。
アカデミー会員の支持が集まるのも無理ないところか。
ということで、演技面でも、実話をベースにした意外なストーリー面でも秀逸な映画。
ただ、個人的に、サイドストーリーとして気になったのが、「ラジオ」の存在なのである。
舞台となっている1930年代の半ばから末というのは、第2次大戦直前の時期である。
欧州では、覇権をうかがうヒトラーがいよいよ脅威となってきた頃。
このとき、大きな力を持っていたメディアがラジオだった。
ラジオを制するものが大衆の支持をも制する。
そんな時代にあって、演説の名手ヒトラーは、あの独特の熱を帯びた声と身ぶりで聴衆を煽り、昂ぶらせていく。
一方、本作品の主人公、ジョージ6世は幼い時分から吃音症に悩まされていて、人前でしゃべることが大の苦手。
ラジオなんてものが現れる前なら、いくらでもごまかしが効いただろうに、よりによってこんなときに国王の座が(それも放埒な兄が国王を投げ出したせいで)彼にまわってくるなんて……。
という逆境のなかで、ジョージ6世がどう振る舞うのか。
それが本作の最大の見どころになるわけだけれど、これがもう実に素晴らしいドラマになっている。
で、その国王のスピーチを国民のもとへ運ぶ役割を果たすラジオ。
冒頭、プロのアナウンサー(?)がマイクの前に臨むときの儀式的な所作もなかなか神秘的。
宮殿に持ち込まれた放送機材も、なんというか大がかりで、ラジオが相当偉そうだった頃−−トランジスタ時代が来る前−−を実感させる。
なにより、イギリス連邦全土に向けて電波を送る装置が、凄い偉容を誇っている。
当時のイギリス連邦の版図といえば、キプロスからケニア、南アフリカ、ジャマイカ、オーストラリアからインド、マレーシアに至るまでの実に広大な地域。世界人口の4分の1を占めたともいう。
そのすべてに音声を届けるためということなのだろう、とてつもない規模の機材が並んでいる絵面が何度も出てくる。
(1960-70年代に、「コンピューター」と言われて我々が思い浮かべたイメージに近いかも)
そのラジオ放送に耳を傾ける、世界中の人たちのカットバックが何度も入る。
『パイレーツロック[The Boat That Rocked]』でもそうだったけれど、ラジオ受信機の前に何人もの人間が集まって、じっと放送を聞いている姿って、なんでああもグッとくるのかな。
自分がラジオ屋商売だからっていうだけではないと思うんだけども。
ともあれ、ラジオが物凄い力を持っていた時代の描写に、やや背筋の伸びる思いがしたのだ。
70年前、王の言葉を運んだラジオ。
55年前、ロックンロールを響かせたトランジスタラジオ。
40年前、海外の声を必死で渉猟させたBCLラジオ。
30年前、エアチェックに勤しませたラジカセ。
とまあ、そんなようなことも少々考えた。
マイクの前で普通に喋るのって、やっぱり普通のことではないんだな、というようなことと一緒に。
* * *
それはそうと、仕事場に戻ってちょっと検索してみたら、このときのジョージ6世のスピーチが聴けた。
んーむむ。すごいリアリティ。
さっきスクリーンで観てた70年前の物語に出てきた「声」のオリジナルが、こうもたやすく聴けるとは。
当時のラジオもすごいが、いまのネットもすごいな。
* * *
しかしなんなんだろう。
凡才(あるいはそれ以下)の人間が必死で自分を越えようとする姿には、やっぱりヤラれてしまう。
ふつふつと、「ああ、いい映画を観たなあ」という感じがあとになっても湧いてくる。
『英国王のスピーチ』、お奨めです。
(「天才が、その天才性をいつ発現するか」というポイントだけで引っ張りつづけるような拙いお話にヘキエキとしている方には特に!)
『英国王のスピーチ』公式サイト http://kingsspeech.gaga.ne.jp/
OSCAR PLANET[アカデミー賞専門サイト] http://homepage3.nifty.com/filmplanet/oscar/