●遠くの街でラジオを鳴らす


3月11日からこっち、思うこと、考えることが端から端まで振り子のように揺れる。
近ごろ流行りだった言い方でいえば「ぶれない」のまるで逆である。
こんなときだから一層、「ぶれない」のは大事なことのように思えるが、平時に「ぶれない」ことと、こんなときに「ぶれない」こととは、果たして同じ「ぶれない」なんだろうか、とか。
そもそも「ぶれる/ぶれない」の二分法はどこまで有効なんだろうか、とか。
こういうときに「ぶれない」を求める気持ちが、なにかしら崇高なものに向かったり、それらしきものを呼び込んだりするのだろうな、でもそれを否とはできないな、とか。


いろんなことを考える。


一方、日々の仕事はつづく。
わたしのなりわいは、ラジオ番組を作ることである。
ラジオといえば、メディア(媒介)のひとつである。
人と人、人と場所、人と芸術、人と経済活動、人と政治、人と共同体、そういうものをつなぐのが媒介の役割だ。
ハンバーグにおける卵とパン粉、蕎麦における山芋、唐揚げにおける片栗粉。
そんなような存在。それがラジオ。


わけても「災害時に役立つ」のがラジオだといわれてきた。

(携帯電話より)消費電力が少ない。
(テレビより)携帯性に優れている。
(新聞より)速報性がある。


たしかに。
それはそうかもしれない。
とはいえ、ラジオにもいろいろある。
東京から全国に向けてネットで発信されるのもラジオなら、
10ワットの出力で、地元のコミュニティに向けて発信されるのもラジオだ。
出力でいっても1000倍ほどの開きがある。
どれもラジオだが、どれも同じというわけではない。


そんななかのひとつであるFMラジオが、私の主な職場だ。


FM局というのは、放送業界と音楽業界の両方に片足ずつ突っ込んでいるような存在である。
マージナルともいえるし、コウモリ的ともいえる。
特に今回のような激甚な災害が生じたとき、「放送媒体」には、いつにもまして速報力、報道としての取材力が求められる。
その見地に立てば、地方のFM局にできることは正直、少ない。


ただし、いま「限られている」という言い方をせずに「少ない」と書いたのは、或る「つもり」があるからだ。
できることが少ないことはほんとうだけれど、そこに甘んじていいとは決して思わないからだ。
分をわきまえるのは大事なことだが、限定的なところに自分から留まろうとするのは避けたい。


じゃあ、なにができるのだろう?


また、振り子の片端に戻る。


   *  *  *


地震が発生してからずっと、全番組とも通常の形ではなく、大震災を受けての内容になっていた。
5日目の深夜に、自分が担当する番組の生放送があった。
重い宿題を――仮であれ何であれ――提出するように。
そう言われているような気もした。


そのときに格率(マキシム)としたことがいくつかある。
自分個人のなかのことなので、いまここで書くことはしない。
いや、一つめの格率について少しいうと、「自分の立場についてエクスキューズしない」ということだ。
おわかりのように、ここまで書いてきた文章は、ほとんどそれに反している。言い訳ばかりだ。
ただ、少なくともラジオの電波上でそれは止そう、と。そう決めたのだ。


番組の話に戻る。
前日に、喋り手と演出のふたりで話をした。
いつものコーナーは全て――ふざけたのもふざけてないのも――休むことにして、とにかく曲をかけよう、と決めた。
ただ、かけっぱなしにするのではなく、「かけるなら1曲1曲丁寧に紹介をしたい」と喋り手から申し出があった。
そのとおりだと思い、当日、本番前の打ち合わせはそこに集中することになった。


「この曲は、先に内容について話してからかけた方がええかな?」
「いえ。これは曲をかけたあとで受けたほうがいいと思います」
「洋楽なので、これは少し訳詞を紹介しましょうか」
「この曲が発表された頃の時代背景っていうのは……」
「これ、曲のなかで歌われているのってどういうことやと思います?」
「どうやろ? こういうことかな――」
「今回のこととは関係ないはずですけど、なんか違う風に(リンクして)聞こえません?」
……等々。
1曲、1曲、すこしでも伝わり方が深まると思う紹介の仕方を考えていった。


当日、リスナーからいい曲のリクエストもたくさんもらったので、それも数曲かけた。
けれど、基本、喋り手(23歳/女子)と演出(44歳/男)のふたりで出し合った曲の中から、その場その場で選んでいった。
以下に掲げるのは、歳の二十離れた、しかしともにロック者が選んだ、名づけようのない3時間のソングリストであります。



2011年3月15日 深夜1:00〜4:00

FM802「NIGHT RAMBLER Tuesday」

# song title artist remark
01 Baby I Love You くるり
02 Sing Travis
03 ハイブリッド レインボウ the pillows
04 How You remind Me Nickelback ←Request
05 友達がいるのさ エレファントカシマシ
06 STEP ON セカイイチ
07 Make A Wish ELLEGARDEN
08 Wait for the Sun SPECIAL OTHERS
09 仲井戸“CHABO”麗市
- 《HEADLINE NEWS》 〜震災に関して
10 新しい人 Fishmans
11 ナイトクルージング クラムボン
12 警告どおり 計画どおり 佐野元春
13 Lovers in Japan COLDPLAY
14 君だけを スピッツ
15 満月の夕 HEATWAVE ←Request
16 歌声よおこれ サンボマスター
17 Not Alone LINKIN PARK
18 Love and Mercy Brian Wilson ←Request
- 《HEADLINE NEWS》 〜震災に関して
19 悲しくてやりきれない 矢野顕子
20 空がまた暗くなる RCサクセション
21 Anthem フジファブリック
22 The Resolution Jack's Mannequin
23 Liberty Salyu
24 そのともしびをてがかりに 怒髪天 ←Request
25 角を曲がれば人々の eastern youth
26 愛し RADWIMPS
27 Girl Friend thee michelle gun elephant
28 Redemption Song Bob Marley & The Wailers
- 《HEADLINE NEWS》 〜震災に関して
29 I'm with You Avril Lavigne
30 夜明け フラワーカンパニーズ


放送を終えてひとつ感じたのは、これはやはりミッション車を運転しているみたいなものだということ。
こういうとき、明るい曲をかけたからって聞いている人間の気持ちが即、明るくなるとは限らない。
悲しい曲が、かえって同調作用を及ぼして、聞き手の心を和らげることもある。
力強いメッセージが心のどこかをヒットすることもある。
キツめの言葉や表現のその先に、ある種のカタルシスが訪れることもある。


ドライブに入れたから走る、ブレーキを踏んだから止まるというのとは少し違う。
路面を見ながらギアを選んで、こまかく変速しつつ、ときにはエンジンブレーキを効かせたりカウンターをあてたりしながら走るしかないのだ。
それをAT化しようとするのは、やはり違うのだと思う。
こればかりは手間を省こうとすると間違いを招く。
強く、そう感じた。


   *  *  *


内容についてはプロデューサーにも相談に乗ってもらい、得難い助言を得た。
最初の選曲段階のリストで、局のライブラリーに入っていない曲を見つけたADは、自分の私物でTMGEの「Girl Friend」を持ってきていた。
そういうメンバーで番組を作っている。
(自分はそれに値しないが)このメンバーのことは誇りに感じる。


まだ何も終わってない。始まったばかりだ。
その始めの覚え書きのひとつとして。