●A Change is gonna Come.


選挙は嫌いだ。
街頭でがなっている脂ぎった顔、上っ面だけの絶叫、その場しのぎの猫なで声、選挙カーからぬっと突きだして振られる白手袋、美的感覚ゼロのポスター、貧相な選挙事務所、どれもこれもイライラする。
そのくせ選挙速報を見るのは好きなのである。
その手のニュース特番を見ながらだと、なぜか食も進む(行儀は悪いが)。


今日も作業の傍ら、昼前からずっとCNNをつけていた。
早ければ午後には大勢が決するというので。
といってもこれはアメリカの話。
選挙風景も、前述したニッポンのものとは違ってずいぶんスマートだ。
逆に絵になりすぎてほんとかよと感じることも多い。
しかしまあともかく、よその国の選挙でこんなに愉しませてもらっていいのだろうか。
そういう、やや尻の坐りの悪い気分はありながらテレビをつけて仕事をしていた。


1時すぎだったか、ペンシルヴァニア州オバマが制したようだというニュースが流れ、ほどなくしてオバマの当選が確実になったと報じられた。
気がつくと、ジョン・マケインがさっさと敗退の辞を述べていた。
素早い。
引き際は大事である。さすがヴェトナムから生還したパイロット。
軍人上がりの政治家が皆、引き際がいいとは限らないが。


そうこうしているうちに、大群衆の映像が映り、「まもなく、ここシカゴのグラント・パークでオバマ氏が勝利演説を行います」とアナウンスされた。


そろそろ出かけようかと思っていたが、一抹の高揚感が私にもあった。
なにせ8年は長すぎた。あの、目と目のあいだが極端に狭い、小狡そうな男の姿を見なくて済むようになるのかと思うと気持ちは軽い。
腰を据えて、演説だけでも見ることにした。


   *  *  *


家族と現れたオバマを迎える大歓声。
彼は演壇につくと、まわりを見回してから喋り始めた。
「ハロー、シカゴ」


なんだか『24』か『20世紀少年』みたいだな。
月並みだがそういう印象はあった。


しかしオバマの顔つきが良い。
ハリウッドスター的ではあるものの、軽薄ではない。
この2年足らずのあいだのロードが、彼の顔になにかを刻んでいったのだろう。
こんな顔だったっけ?
なんだなんだ、デンゼル・ワシントンばりにいい男じゃないか。
ひるがえって思う。
ニッポンで、たとえば役所広司より男前の人間が総理大臣の席に就くことはあるだろうか?
んー、難しい。
純一郎の次男が10年くらい武者修行してきても無理じゃないか。


それはそれとして、スピーチが始まると画面から目が離せなくなった。
たしかに見事な弁舌である。


これまでの道のりを語り、アメリカの団結を語り、変化が来たと語る。
マケイン、ペイリンという、さっきまでの敵の奮闘を称え、家族、スタッフ、そして支持者への感謝を語る。
それは感謝に留まらず、主役は私ではなく、私を支持したあなた方なのだという言葉に変わる。
これはあなたがたの勝利なのだと。
(聴衆には、ここまで「You」という二人称で語りかけていく)


だがすぐさま勝利という言葉に留保をつける。
要するにこれはゴールではない。明日からの行く手に困難な問題は山ほど待ち受けている。
それも尋常でなく、危機的な状況が。
それを乗り越えるべく変化するにはあなた方の協力が必要だ。
社会に奉仕する意欲、自分を捧げるという意志を(と、このくだりはジョン・F・ケネディを想起させる)。
金融危機についても、ここで注意を喚起しながら、1年でできるかどうか、あるいは4年の任期で打破するのは不可能かもしれないが、我々はそれをやり遂げると約束する。
(ここでは主語は「We」が用いられる)


皆への協力を仰ぎ、分断ではなく融和を説き、
今回は自分を支持しなかった層に語りかけ、アメリカ以外の世界へ語りかける。
平和と安全を求める人をアメリカは支援するという。
その支援は、軍事力や経済力によって可能になるのではない。
アメリカは変わることができるというまさにそのことによって可能になる。
自由、希望、アメリカが体現するそういった価値によって可能になるのだという。


今回の選挙のキーワードのひとつ、「史上初」を引き合いに出してくる。
そこからの話の展開が見事だった。
アトランタで投票した106歳の黒人女性“アン・ニクソン・パーカー”を紹介し、彼女の目を通して、前世紀から現在までのアメリカを俯瞰してみせる。
パラグラフごとに、自分の主張を象徴するワード、“Yes, we can.”を織り込んでいく。
6度にわたって「我々にはきっとできる」と鼓舞したあと、最後のパラグラフで、未来にパースペクティブを拡げる。
アン・ニクソン・パーカーが生きてきた106年という年月を、娘たちの世代に重ね、これから先の100年に視線を飛ばす。
聴衆の目がぼんやりと1世紀先に向けられたところで、そこだ、そこに向かって我々は行くのだと宣言。
楽観と希望を持とうと一体感を語り、シニシズムや未来を訝る声については、こう答えてやるのだといって決めゼリフをひとこと。


Yes, we can.


こう言い置いて、Thank you. God bless you. God may bless the United States of America.
とシメる
これは効く。
理想を語りながら浮ついた印象には流れない。
人を酔わせるが、安請け合いはしていない。
牧師やゴスペル・シンガーや篤志家の口からではなく、政治家の口から、嘘でもこういう言葉が聞けるということに、改めて感じ入る。


演説全文(英文)

日本語訳


で、CNNで生中継を1度見て、次の日、You tubeNHKの録画をもう1度見て、3度目はこれを見た。
The New York Times "Obama's Victory Speech"


ニューヨークタイムズ紙のサイト。
右側に英文だけど筆記録が載っている。
おおまかな内容を頭に入れて、ここの映像を見るとオバマの声と表情に集中して見ることができた。
巧さもよくわかるし、なにより伝わる。
音声コンテンツをつくる仕事をしている身には少々悔しいくらいである。


スマートなルックスとクールな語り口、なにより「Change」という単語が導くのかもしれない。
頭の中で、ずっとSam Cookeが鳴っている。



Man & His Music Ain't That Good News
Portrait of a Legend 1951-1964