●彼が彼を知ってる。俺は何を知ってる?


午前中は子供の運動会。
父兄参加の種目に出て、少々腰をゆわせたりしながら、午後は東京へ。
目指すは渋谷AX。
あすこは渋谷からだと登り坂だし、一駅向こうからの方が近いんだよねー、としたり顔で原宿で下車したが、ホームからすでに大渋滞である。どうも代々木体育館でなにかあるらしい。自分の読みの浅さを呪ったが仕方がない。
ゆるゆると歩道橋を渡り、目的地に急ぐ。



I stand alone 仲井戸"CHABO"麗市「僕が君を知ってる」。


ここでチャボさんを観るのは初めて。


この時期、10月に行われるAXでのライブにはいつも心惹かれていた。
けれどしがない中年自由業者。名前とは裏腹に、それほど時間が自由になるわけでもなし。
それに関西暮らしの我々には、なんといっても「磔磔ライブ」という素晴らしい年中行事が年末にあるしな。
そう思って、毎年あきらめていた。
ただ、今年は違う。
いつだって、同じだったはずはないのだけれど、どうしたって今年は渋谷に行かなくちゃならない。
そういう気持ちに駆られてやってきた。


   *   *   *


18時10分。
予定を少し過ぎた頃、会場に流れていたBGMが、Otis Reddingの「Cigarettes & Coffee」に替わった。
客電が静かに落ちていき、ステージの中央のスポットライトだけになる。
舞台下手からゆっくりとチャボ登場。
「ハイ」とひとことあって、赤いアコースティックギターを弾きだしたその曲は、「よォーこそ」だった。
ひとりきりのメンバー紹介。


RCサクセションが聞こえてる/RCサクセションが流れてる」と「激しい雨」の一節につづいて、ひとりだけの「君が僕を知ってる」。


そのあと、ようやく長めのMCがはさまれた。


毎年、自身の誕生日の近くでやるライブ。
そうだ、59歳になりました。(拍手)
SHIBUYA-AXで、2001年からやってるのかな。
いつもその年の気分みたいなものを反映したライブになる。
去年は、泉谷しげるエレファントカシマシが一緒に出てくれて。


今年は……ひとりでやります。
RCを歌おうと思います。
RCを歌わせてくれ。


そうなのだった。
まさかとは思ったが、今夜はほぼ全篇をRCサクセションの曲で埋め尽くすという、そういう夜なのだった。


序盤は、RCのなかでもミドル〜アップテンポな曲がつづいた。
しんみりした気分になっているヒマはない。


「たとえばこんなラブソング」には、すかさず「He-Hey, Hey」というかけ声がつく。
「そういうコーラスあったね。忘れてた」とチャボ。
「つ・き・あ・い・た・い」のハンドクラッピングも、すぐに揃っていく。
さすが年季の入ったファンが集っているだけある。反応は俊敏だ。


全部ひとりでやってみろ。
イマワノくんはキーが高いんだ、すげえんだ、とこぼしながら次々と歌っていくチャボ。


キヨシローと奥津光洋との3人で共作した曲「よそ者」のあたりから、昔のエピソードを話し始める。
渋谷の「青い森」に通い始めた頃のこと。
やがて古井戸を組むようになること(最初は4人組だった)。
当時、ひと足早くレコードデビューを果たしていたRCは態度がデカかった(笑)こと。
あ、キミたち、まだなんだ? みたいな(笑)。
その頃、初めてRCを観たときにやっていた曲といって「春が来たから」を歌う。


そして、とっても好きな曲、あとでレコーディングしてるらしいんだけどよく憶えてないんだといいながら「ぼくとあの娘」を。
さらにこんなの知ってる? といって「夢を見た」の一節を歌う。
喜ぶ会場の反応に、え、知ってるってのは、レコード化されてるってこと? と驚くチャボ。
以前も「GLORY DAY」の出だしの歌詞を、どうゆうんだっけ? と客に訊ねていたことがある。
その2曲が収められているアルバムは『FEEL SO BAD』と『HEART ACE』。
この2枚がリリースされた84,5年頃というのは、ほんとうに記憶が飛んでしまうような、そういう時期だったんだろう。
同じ頃に発表されたのが最初のソロアルバム『THE仲井戸麗市BOOK』である。
きっと、あそこに現れているままの精神状態だったんだろうな。
そう思うと、今夜のステージの主旨とはまた違った意味で、胸に迫るものがあった。


話はキヨシローとチャボの70年代。
青い森は、アベックがいちゃついてるような店だったので、あいつはふざけた曲をやることも多かった。
「ふたりで紅茶を飲みましょう/キミはボクを好きなんでしょう/ボクもです」
みたいな歌とか。
あと、大作ですといいながらこんなのも。「海へ行ったら蟹と遊ぼうよ/海へ行ったら蟹と遊ぼうよ」。
つづいて「山へ行ったら虫と遊ぼうよ/山へ行ったら虫と遊ぼうよ」。
さらに「沼へ行ったら蛇と(以下同文)」。


とはいえ、笑っていられたのはここまで。
あとは、チャボのエッセイや、キヨシローの散文を朗読して歌うというスタイルがつづく。
これはもう1曲ごとに鼻の奥がつんときて、涙腺が弛緩するものばかり。
たとえば、清志郎が古井戸について書いた文章のなかのこんな一節。

……おしまいには、ずっとチャボの所で寝起きするようになりました。
チャボのうちにだけ、お風呂があったし、ぼくと彼とは「友達」になったからです。
ぼくとチャボのして来た事が、とてもよく似ていたのです。


「お墓」や「忙しすぎたから」はチャボのボーカルスタイルにもよく合っていて絶妙だった。
一方で、唄のない「エンジェル」も、なにより雄弁だった。


本篇最後の曲は「夏の口笛」。
5月の青山曼荼羅で歌ったという、カバー曲に付けた詞、それを活かすために新たに曲をつけたという。
その詞の内容の断片は、俺もいろんなところで目にしていたけれど、耳で聴くのは初めてだった。

ずっとあれから努力してるんだ
君の不在を受けとめること
坂道 曲がり角 口笛
現れる君の気配
追いかけても立ち去ってしまう
見馴れたあの笑顔

新しい夏 またやってくる
俺たちの約束 置き去りに
熱い風 輝く太陽
でも また 夏が嫌いになりそうだ

最後、チャボは何度も何度も何度も何度も、低音弦をはじく。
ブーン、ブーン、ブーンと繰り返されるその音が、まるでボクシングの十点鐘のように聞こえる。


アンコールで、これはそのままカバーで、といった歌ったのは、Graham Nashの「After the Storm」。

雨があがったあとに 霧が晴れたそのあとに
来る日も来る日も 陽が昇り陽が落ちる
ああ どこに行けばいいのさ
いま なにを云えば……おお
なにもかもを吹き飛ばした嵐が去ったあとに


なにを なにを云えばいいのさ
君に会いたい 会いたいよ
もう一度 会いたい


チャボの思いに、全身が浸されていくような気がする。


最後、チャボは手紙を読んだ。文字通りの手紙。
その言葉を書き取ることは、もう私には出来なかった。
けれどこれははっきりといえる。
それは素晴らしい手紙であり、一篇の詩だった。
過去から、現在を貫いて未来へ。
いつかの子供たちが生きる未来を照らす、穏やかで揺るがない決意を語る、素晴らしい詩だった。


圧倒的な思いの丈を前にして、観ているこちらの感情も全開になる。全開に開放される。
この感覚こそがチャボのライブの醍醐味なのだということは、これまでもずっと感じてきたこと。
けれど、この日はその度合いが少し違ったかもしれない。
2009年、遅い夏、ロックンロールフレンド。
手紙の末尾の署名を読んで、天に腕をかざすチャボ。
光が絞られてゆき、やがて消える。
と、ステージの背後に現れる虹。
とにかくこうやって生き続けていくんだ、生き続けろ、そういうことだな。
I stand aloneという意味をなんだかわかったような気になって、私は奥歯を噛み締めた。


けれど、そのあと、虹につづいて映し出された姿に気づかされた。
映っているのは、1994年、ひさしぶりに再会したチャボとキヨシローが、北海道の牧場で歌っている映像。


そう、私はなにもわかっていなかった。
気づかせてくれたのは声だ。
「君が僕を知ってる」を歌う、清志郎の声が聞こえてきたとき、具体的な痛みを伴って思い知った。
いったい、なんてものを俺はなくしてしまったのか。
なんて凄い、他に替えようのない、決してなくしてはならない、大事なものがこの世から失われてしまったのだろう。
その事実が、この5ヶ月のあいだに感じてきたはずの総量を遥かに超えるものとして迫ってきた。


ずっと、チャボが堰き止めていてくれたんだ。
今日だけじゃない。5月2日からずっと。


   *   *   *


また振り出しに戻った気がする。
でもこうやって螺旋を描いていくほかないと思う。
俺はまだなにもわかっちゃいない。





*演奏曲目(一部だけ演奏された曲、エッセイや詩の朗読も含む)*


01. よォーこそ
02. 激しい雨(一節のみ)
03. 君が僕を知ってる
04. たとえばこんなラブソング
05. つ・き・あ・い・た・い
06. 上を向いて歩こう
07. ボスしけてるぜ
08. よそ者
09. 多摩蘭坂
10. 2時間35分
11. 春が来たから
12. ぼくとあの娘
13. 夢を見た(ワンコーラスのみ)
14. タイトル分からず(「ふたりで紅茶を飲みましょう」)
15. 蟹
16. 虫
17. 蛇
18. 【朗読】「コーヒーサイフォン」仲井戸麗市 ※『だんだんわかった』所収
19. ぼくの自転車のうしろに乗りなよ
20. お墓
21. 【朗読】「昔はこんな古井戸でした 今は…」忌野清志郎 ※『生卵』所収/初出『古井戸の世界』自由国民社73年1月
22. 甲州街道はもう秋なのさ
23. 【朗読】「『カフーツ』ザ・バンド仲井戸麗市 ※『一枚のレコードから』所収
24. 忙しすぎたから
25. エンジェル(インストゥルメンタル
26. 毎日がブランニューデイ
27. キモちE
28. いい事ばかりはありゃしない
29. 雨あがりの夜空に
30. 夏の口笛(「I Can't Get Over You」の意訳に、改めて曲を付けたもの)


e-1. タイトル分からず(「Southbound Train」の意訳に、改めて曲を付けたもの)
e-2. スローバラード
e-3. after the storm(Graham Nashのカバー)
e-4. 夜の散歩をしないかね
e-5. 【朗読】(「前略 戦友たちへ」で始まる詩)


e-6. 【映像】君が僕を知ってる(1994年春、北海道旭川の牧場で歌う忌野清志郎仲井戸麗市